Ritchey garden city x bluelugのtrackフレームが発売されました。

 

あのritcheyから。

これってすごく面白くて今の自転車界にとってももちろん僕らにとってもスペシャルなプロダクトだったと感じています。

 

そのgarden cityについてはritchey好きのスタッフ達が詳しく説明していると思うので必読いただけたら。

 

ritcheyからこのtrackが発売されると知ってやっぱりあの人の存在無くしては生まれなかったプロダクトだったのかなと辻褄が合った感じでした。

自転車を長年乗ってきた人達はすでにご存知かと思いますが、現在ritchey社でプロダクトマネージャーをされているfergus tanaka氏

 

今では、サンフランシスコで活躍されていた元messenger、track bike好き、tatoo多めのサイクリストで周知されている方も多いと思いますが僕も彼のファンの一人として、そして国境を超えて同じ時代を走っていたmessengerとして彼の思い出話やritcheyの事を含めて少しだけ。

 

やや文章多いですがご興味あれば、お時間ある時にでも。

 

僕がmessengerとしてキャリアをスタートしたのが今から約25年前の2001年。
1年間だけロードバイクでデリバリーしていましたが、周りの先輩メッセンジャーに影響されてかtrack bikeを格安で入手して、そこから毎日trackでデリバリーする日々が続きました。

 

messenger後半時期は数ある東京のmessenger会社の中でもtrack bikeでデリバリーするプロ集団が集まる会社で走らせてもらい、その時期に色々と涙あり、笑いあり、事故あり、達成感あり、誤配して事務所バックの無線が入ってフル落ちありの時期を過ごしたのを今でも忘れられないです。

 

毎日とてつもなく忙しかった。

 

毎日あれだけの距離を雨の日も、雪の日も、真夏の日も、台風の日も固定ギアで走り続けていたと思うのが今でも信じられないくらいで、そこは若さだったのかな。
そして仲間にもよく助けられていました。

 

スマートフォンが普及する時代の前に片手に地図を持ち、メッセンジャーバッグに無線を付けて、クライアントから依頼された商品を自分の体を使って届ける。

 

とてもアナログ。

 

でもこのmessengerという仕事こそ唯一無二の職業で、今のバイクカルチャーを牽引し、このmessengerカルチャーがあったからこそここまで来れたのではないかなと感じています。

 

track bikeが流行り出す前のこの時代が1番面白かった。

 

そしてこの同じ時代に海の向こうでも同じmessengerとして活躍していたのがfergus tanaka
在職中に同じ会社のmessengerから彼の名前を聞いたのが初めてだったかもしれない。

 

 

その同僚だったmessengerはcmwc(cycle messenger world championship)でも優勝したりするmessengerで、2006年にサンフランシスコで開催された北米最大のmessengerイベント、naccc(north american cycle courier championships )のイベントでも上位に入っていたmessengerだった。

 

その彼からsfbma(san francisco bike messenger association)のワッペンをお土産に貰ったのを今でも覚えています。

当時のsfbmaにfergusも携わっていたと思いますが、そのワッペンはfergusにもらったんだと。記憶が正しければ。

 

 

その僕が譲り受けたsfbmaのワッペンは無くしてしまいましたが。。ごめん。

 

 

そこから僕はmessenger業務をストップして、ブルーラグに入社し色々な自転車雑誌などで彼を拝見することがあって、初めて見た時に「このmessengerがfergusだ」って。

 

雑誌に写っていた彼はSuntour のジャージを着ていたでしょうか、、あまり覚えてはいないけれど。

 

当時の雑誌を見る限り、少し痩せ細くてとても物静かそうな雰囲気があって、少し古い自転車やパーツが好きだったのかもしれない。
彼が乗っている自転車にsuntour superbeの ハブも確か付けていた。

 

そしてちょっとオタクっぽい。

 

その当時僕もよくsuntour superbeハブを見つけてはどこそこでよく買っていたから、勝手ながら親近感を覚えてしまって。
Mavic cxp22やopen proのリムなども大好きだったのかな。

 

名前もtanakaが入っているから日系の人なんだなと。
当時はお会いしたことはなかったので当然イメージでしかなかったけれど。

そして、僕の集めていたsuntourパーツなどはブルーラグ入社後すぐに関戸橋の自転車フリーマーケットで全て売ってしまった。
とても後悔している。

 

2009年にcmwc tokyoが開催された時に渋谷のエントリー会場で彼と初めてお会いすることができました。
一人でラレーのトラックに乗りそそくさとエントリーを済ませて、一人でどこかに帰って行った。

 

かっこいい。

 

cmwc tokyoでブルーラグは出店していて、その時に彼がブルーラグのブースに一人で来てくれたのを今でも覚えています。
当時virroriaタイヤのザフィーロというモデルでブルーラグ別注のオールグリーンのタイヤが発売された時期に、cmwcのブースでも販売していて、その時に彼がブースに遊びに来てくれてこのタイヤを数本買っていってくれました。

 

その時彼は「僕はグリーンのパーツが好きなんだ」「もったいないからフロントに付けるよ」って少しはにかんだ顔をして話していたのを覚えています。

 

かわいい。

 

デリバリーレースでも彼の走りも見ることができたけど、繊細な走り方で無駄がなく尚且つ力強くペダルを踏んでいたのが印象的でした。
cmwcの会場で目にした時は一人で座っている時の方が多かったのかな笑

 

そういうとこも好き。

 

前に来日した時のバイクロアでも彼だけすごい走りをしていたし、一人体育座りして待機している所も見ていたので笑
見た目とは裏腹にとても落ち着いた性格の持ち主なんだろなと。

 

僕はこの人の人柄が好きなのかもしれない。
共通点は少しあるけれど、この人が持っている独特の雰囲気や性格が。

 

その彼が今でもritcheyのマネージャーとして活躍してくれるのもとても嬉しく思いますし、そんなritcheyとコラボでフレームを制作してもらってるなんて。。

 

本当にすごい事。

 

ritchey監修ではあると思いますが、彼は長年track bikeに乗ってきた経験を活かして、彼のアイデンティティが込められた、このritcheyのtrackフレームで、28cタイヤクリアランスもmessenger魂が入った漢のタイヤクリアランス。

 

タイヤ太めが主流となった現在でも街でtrackに乗るんだったら細めで乗ったほうが絶対楽しいよって。
納得。

 

久しぶりに乗りたくなってきました。。

そして、僕自身もritcheyの古い自転車を画像でよく拝見していましたが、昔のritchey madeのフレームにはフィレット(ロウ付)ブレージングでどれも美しいフレーム。

自転車フレームの域を超えて芸術品にも見えてしまう。

 

ただやはりそこは人が乗る乗り物で耐久性も兼ね備えて、自由に角度を変えられるこのフィレットが有効だったのかもしれません。

それにしてもかっこいい。

僕が昔オーダーさせていただいたhunter cyclesのcrossフレームもこのフィレットブレージングでお願いした経緯があります。
昔のritcheyのフレームが好きだったから。

 

 

西海岸の名だたるフレームビルダー達もritcheyという存在にはとても大きいリスペクトがあったんじゃないかなと思います。

 

以前に開催されていたNahbs(north american handmade bicycle show)というアメリカの北米ハンドメイドバイクショーではショーバイクにもritcheyパーツがよく使われていたのもその証だったのかなと。

 

西海岸のフレームビルダー達の制作したフレームを見るとritcheyからインスパイアされたフレームも多く見受けられていたので、ritcheyはいつの時代になっても本当に特別な存在なんだろう。

 

なんでもそうだと思いますが最初に何かを始めようとする人は右も左も分からないまま、やり続けながら失敗を繰り返し、正解を探しながら、自分がこうだって思った事を信じて進まないといけない。
それって本当に怖くて難しい事なんだなと感じてしまいます。

 

そこにはritcheyの自転車に対する情熱が他のメーカーよりも何倍も何十倍も上を行っていたのではないのかなと。
今思うと、日本のメーカーさんとも昔からritchey名義のパーツを作っていたのもとても面白い。

 

 

それこそsuntourのコンポーネントも使っていたし、日東さん、杉野さん、dia compeさん三ヶ島ペタルさんなどなど日本のパーツメーカーで固めてバイクを組み、ritcheyは昔から日本のパーツメーカーを信頼し続けながら当時も今も最高な技術を持っている日本のメーカーを選んでいたとされるのも納得してしまう。

 

 

 

 

最高なフレームには最高なパーツを使う。

 

当時のアメリカでもパーツは近くに色々あったと思うけれど、そこで納得せず海を超えて最良なパーツを制作させ、自分の作ったバイクにインストールしていた。

 

情熱が違いすぎて、神様に近い存在かも。

 

 

そんな大好きな人と大好きなメーカーが僕らのためにこのgarden cityというtrackフレームを20周年記念モデルとして打ち出していただけたことにはブルーラグスタッフとして、一自転車ファンとして深い敬意を感じ、とても嬉しく思っております。

 

ここまでfergus、ritcheyに関する事で僕の想いを勝手にツラツラとまとまりなく書かせていただきましたが、おこがましくて何か間違えなどありましたら申し訳ございません。

 

これからもritchey製品や新しいプロダクトにも注目しつつ期待しながら、またいつかritcheyと面白い取り組みをさせていただける日を夢みて。

fergusプロデュースのグリーンカラーのパーツやフレームもいつか見てみたいな!

 

長々お読みいただきありがとうございました。
それではまた。