僕がBLUELUGで二個目に買ったPHILWOOD。
懐かしのFAIR WEATHER CX。2014年の6月。12年前は27歳か。
実はこれを買う前に同じ色のMID FRANGE TRACK HUBも買った。それは今チューヤン君が持っている。
それより7年前、僕は田舎から東京に出てきた人間で、
その当時のトレンドは空前のトラックバイクムーブメントだった。
そんな僕にとって自転車は憧れで、移動手段で、遊びで、ファッションだった。
考える事も目に映るものも、ダイレクトに脳みそに届いた。
だから、ちょっと怖そうでかっこいいパイセン方の使っているパーツに憧れるのは必然で、
中でもMASHの面々が使っていたPHILWOODは、とてもとても高嶺の花で、
とあるちょっと入るのが怖いショップのショーケースに煌びやかに並んでいるのを、
勇気を出して入店し眺めていた記憶がある。
軽そうでも、速そうでもない無骨な金属の塊。これで走ったらどんな心地なんだろうか…。
そんな想像をしながらフォーミュラ(そんなブランドがあった)の安いハブをぶん回して、
いつかはぜったい欲しいなぁ!と時間と金の無駄遣いをしながら過ごしていた。
チャンスは突然やってきて、もうトラックバイクは乗らないからという先輩から、
青いラージフランジの前後ハブが降りてきた。
(時同じくして違う先輩からも赤いハブ買わない?と言われた事もさっき思い出した。)
中古とはいえそれなりの金額だった気がする。
どうやってお金を工面したのかが思い出せないけど、なんとかして買った。
なんか夜の路上で受け渡しだった記憶。
あんなに熱狂していた物の価値観が少しだけ揺らぎながらも、とても嬉しかったのを覚えている。
そのハブは、今トミーが大事にがっつり使っている。
そんな上京物語を経てBLUE LUGに入社し、PHILWOODがとても近い存在になった。
店には写真でしか観た事の無い色のハブや、存在しているのかすら怪しかったパーツ達がショーケースに飾られていた。
どこで手に入れるの⁇っていう纏わるTシャツや小物まで。
仕事になったとはいえ、その時の若く野暮な僕はとても熱狂した。
俺がBLUELUGの中で一番PHILWOODを知っている人間、語れる人間になりたいと、
調べ、触り、そして使った。
美談みたくはしたくないので馬鹿正直な事を書くけど、
その当時から今まで、僕のPHILWOODへの熱は上がったり下がったりの繰り返しだ。
仕事の一部となってしまった事、商品として多く触れてきた事、大きくは変わり映えしないプロダクト。
他のスタッフがPHILWOODの工場見学に訪問していた事もとても悔しかった。
生きてれば必ずあるであろうマンネリと挫折に何回も自分の気持ちを立て直したし、
ふと観たLARGE TRACK HUBの佇まいに鼓舞された事もあった。
昨年の自分はどちらかと言えば気持ちが下がっている時だった。
そんなタイミングにPHILWOODのオフィスに行くなんてなと、逆に申し訳ないって気持ちが少しありつつ、
RITCHEYのオフィスを後にしてサンノゼへ向かった。
「今ちょうどゲレットとパール(PHILWOODを運営している夫婦)二人は買い物で留守で、お父さんが工場にいるらしいから開けてもらって先に入っててだってさ。」
この看板を目にしてジワジワと実感が湧いてきた。ああ、憧れのここに、俺もとうとう来る事が出来たんだなと。
写真で微笑んでいるのがピーターさん。先代の社長さんで、今は息子夫婦に跡を継いで現役を引退している。
10年以上前、先輩が撮影したピーターさんの写真を観て想いを馳せていた事を思い出す。
(このピーターさんが一番好きなパーツは、1971年から作り続けられているスクエアテーパーBB。)
その人物がこうして目の前に居て、僕らを暖かく出迎えてくれたのが、
今回よりPHILWOODを好きになったきっかけの一つかもしれない。
ピーターさんの自慢の愛車紹介(自転車じゃなくて大のスポーツカー好き)にシャミセンが鼻息荒くお喋りをしていると、
「ただいま!リクエストのランチを買ってきたからみんなで食べよう!」
と、ゲレット夫婦が帰ってきた。
出張前、カリフォルニアに行くなら絶対食べてきて!とお客様に言われた「In-N-Out Burger」。
なんだろう、日本に帰ってきたらまた無性に食べたくなる味。
日本のバーガー屋さんのどれにも似てないけど、めちゃ特徴がある訳でもなくて。
そしてバーガーじゃないストロベリーシェイクの甘酸っぱさを強烈に覚えている。
食べている横で世間話と最近作ったものなんかを見せてもらいながら、
緊張感を感じさせないアットホームな時間を過ごした。
腹ごしらえをして再度ファクトリー内部へ。
一つ一つの機械を目にして制作過程のものを触り、これまで伝え聞いていた事の答え合わせをしていった。
この一見雑然とした飾り気のない、いわゆる町工場からあの煌びやかで精密なハブ達が生まれているという事に、色んなショックを受けたのも正直な気持ちだ。
この無垢のハブシェルを触りながら、PHILWOODの唯一無二の魅力と思っていた「温もり」をほんのり感じていた。
正確にプログラミングされた形に、切削機械で削り出された物なだけのはずなのに。
ある時、ゲレットが手にしていたのはクランクの制作途中の物だった。
「このアルミの塊をコレで削って、形にするんだよね。」と見せてくれた切削機械とアルミインゴット。
イメージつかないと思うけど、色んな種類のアルミ合金の中から素材を選んでいて、
ハブもそうだけど、この塊一個で結構良い値段するんだよな〜と困ったように笑っていた。
僕らが日々使うグリスなんかも、実は夫婦二人でパッケージに充填して梱包していたり、
僕が感じるPHILWOODの「温もり」の最たる物を最後に見た。
全てのパーツの組立、梱包は、夫婦仲良く二人三脚で全て行っていた。
そりゃオーダーしてから日本に到着まで時間掛かるよね…。とも思うし、もう少しどうにかならんかなという気持ちも感じつつ、
でもコンスタントに入荷するようになったらその「温もり」が徐々に薄れていくんだろうな。と想像が出来た。
日本語で言えば「家業」をしている彼ら。
先代のピーターさんが現役時代以前から受け継いできた形、理念を継承し今も作られるパーツ達は、
僕が過去に魅力を感じた佇まいはそのままに、次に託された若い彼らのアイデアをミックスしながら、
もはや伝統的ともいえる作り方を生業とし、彼の地サンノゼで作られている。
今回それを直接観れた事は、そのプロダクトにより価値を強く感じる事が出来たし、
今の時代らしからぬ、少しの人情味の込もり過ぎな物売りをしたくもなった。。
だから、希少性や性能や工芸的観点でこのパーツを使いたいと思う人達に、
もう一つ、「温もり」も感じて貰えたら嬉しい。
もし感じれたのなら、今付いてる、付けようとしているPHILWOODに対しての観え方が少しだけ変わると思う。
それだけを大事に育てていきたいなと思えるようなPHILWOODを一つでも手にして貰えたのなら、
それは僕が思うPHILWOODの正しい使い方で、彼らがずっと作ってきたパーツを全うさせる方法。
どんなブランド、パーツにも言える事だけど、PHILWOODはなんだか特にそうであれと思ったんだ。
あの訪問から数ヶ月の間に、彼らが一生懸命作ったパーツ達が今月、日本にやっと届きました。
この箱の数十倍の量で。
あの削り途中だった写真のものはこのクランクかもしれないし、
ゲレットの奥さんが自慢げにベアリングを入れてくれたあのハブやBBはこれかもしれない。
全然そんな話をしてくれなかったチタン製のテーパーBBなんかもピーターさんが口出ししたかも知れない。
ちょっと前から、ラージフランジトラックハブを見た目だけで買い直そうかなと思っていた僕は、
これを書きながら踏みとどまって急に愛しくなって、あの時コレだと決めて買ったハブを今日も転がしています。
それでは。









































