MikeさんもといBlack Mountain Cyclesと、
日本が世界に誇るバイクパーツメーカーである日東さんとのコラボバーハンドルである、
”BAR NONE” by Black Mountain Cycles.
バックスウィープ16°のライズなしのごくシンプルなフラットバー、と形状だけは一口に言えてしまうハンドルなのですが、
このハンドルデザインの大きなきっかけになっているのがこのバイク。
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Lawwill pro cruiser.
持っているのはPaul Componentのボスであるポールさんその人。
“ポールさんが数十年にも渡って所有し続けるこのバイク”、その事実だけでもこのバイクの意義深さが理解して頂けるかと。
マウンテンバイクの初期の歴史を語る上で欠かせない存在であるこのバイクは”マウンテンバイク”というものがいち名詞として一般の人たちに認知されるもっと昔の時代の1970年台後半まで話が遡ります。
Radavistに掲載されている記事を翻訳をかけて是非ご覧になってみてください。マウンテンバイクの歴史の一端が垣間見えます。
特に印象深いところだけ抜粋↓。
マウンテンバイクの先駆者であるジョー・ブリーズとトム・リッチーは、ロード サイクリングの経験からマウンテンバイクのデザインに着手しましたが、コスキとコーブ バイク ショップは BMX とオートバイからインスピレーションを得ました。
マート・ローウィルは、すでに長年伝説的なオートバイレーサーとして活躍していました。
テリー・ナイトと共にハーレーダビッドソンのフラットトラックレース用フレームを製造・販売していた彼は、BMXフレームを溶接するというアイデアを思いつきました。
1977年、カリフォルニア州マリン郡ティブロンにあるコーブ・バイシクル・ショップのドン・コスキは、代わりに「マウンテンバイク」を50台ずつ生産することを彼らに説得しました。
〜中略〜
当時、オフロードバイクはまだ世間に知られておらず、まだカテゴリー化されていなかったこれらのオフロードバイクを駆るライダーは世界中でほんの一握りしかいませんでした。
1978年、マートはプロクルーザーを「ローウィル・マウンテンバイク」と名付けましたが、どの自転車店からも注文はありませんでした。
そのため、マートとテリーはこれらのバイクを「クルーザー」と名付けて一般に販売せざるを得ませんでした。
なぜなら、コーブ・バイク・ショップ以外の自転車店は「マウンテンバイク」という言葉さえ理解していなかったからです。
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マウンテンバイクそのものが存在しない世界線で生きてこなかった自分からすると半ば信じられない世界線のお話。。。笑
MTBが世に知れ渡る”種”のバイクがこのローウィルプロクルーザーであり、
当時マイクさんが乗っていたプロクルーザーに付いていた、上向きにスイープしたモトクロススタイルのバーの感触を落とし込んだのがBAR NONEなのです。
ただのシンプルなバーハンドル、と思うなかれ。その裏にはマウンテンバイク革命前夜の濃い〜いところが詰まっています。


