MINNEAPOLIS
TRIP REPORT

2018年、僕はSURLYが生まれた場所、ミネアポリスに訪問する機会を得る事が出来た。
SURLYを日本でずっと扱っているモトクロスインターナショナルさんからご同行如何?とお声を掛けて頂き、うちのボスからも「SURLY達を見て来な」と強めに肩を押されて、これが初めてのアメリカ出張だった。
その時に喰らったのはミネアポリスのサイクルカルチャーの熱さだった。東京では絶対に経験する事の出来ないバリエーション溢れる自転車の遊び方。彼らはかっこいいサイクリストだし、そしてとんでもなくワルだった。
こんなふうに自転車と向き合うんだったら絶対に、SURLYもALL CITYもSALSAもそりゃ必要だ。
この時の出張では、「自転車でもっといっぱい遊ぼうぜ。」というマインドを日本に持ち帰って来た。
僕が確実に成長した実感のある大きな出来事だった。

そして2026年。そんな熱い街ミネアポリスに再度行く機会を得た。 SURLYに会いに行く。彼らの事を今一度改めて勉強しに行く為だった。
彼らのおもてなし、ちょっとしたアクシデントの数々、それが産んだ奇跡、 思い出の地への再訪、急に訪れた再会、何気ない家族の風景、地元愛、 ローカルの人々から感じ取れるミネアポリスが産んだブランド達の説得力、彼らが受け継ぎ紡いでいく歴史。 若かった頃は感じる事の出来なかった今の多角的な目線で、SURLYを構成するたくさんの要素を知る事が出来たし、彼らはそれらを丁寧に教えてくれた。 金子聡 [Blue Lug幡ヶ谷店メカニック]

Minneapolisミネアポリスという街

SURLYクルーやミネアポリスのライダーに話を聞くうちに、ミネアポリスの特徴的な文化や生活環境とのつながり、そしてこの街に根付く様々なバイクカルチャーへのリスペクトがSURLYの根底にあることがわかってきた。

  • ・大きな起伏が少ない平坦な地形
  • ・自転車インフラの整備がアメリカトップクラス
  • ・アウトドアアクティビティへの支援が積極的
  • ・”City of lakes”の異名を持つくらい湖が多い
  • ・-20℃〜30℃までの寒暖差
  • ・北欧からの移民が多く、スカンジナビアン精神が根付いている
  • ・廃線鉄道網が自転車道に
  • ・街中いたるところにトレイルネットワークが形成されている。

これらがミネアポリスという街の特徴。
動画でも詳しく語られているのでぜひご覧ください。

SURLYとミネアポリスを語ろうの会

出張メンバー4名による「報告会」を公開収録。

ミネアポリスの自転車インフラが整っている件について
1930年代に町に線路が作られて、その駅と駅の距離感が自転車で走るのに丁度いいとか、上り下りが少ないフラットな地形だからとか色々諸説はあるらしいですが、一番はミネアポリスの政治がそもそもアクティブなライフスタイルに対して支援が手厚いらしく、自転車に優しい街作りがされているからだそう。サンタ・フェ(上馬店メカニック)

ミネアポリスのトレイル文化
ミネアポリスは街がフラットで、湖も多く、昔からハイキングや釣りなどで自然の中を歩く文化があります。そうしたハイキングルートが自然と自転車でも走られるようになり、徐々にローカルのトレイルとして発展していったそうです。
さらに、地元ではシングルスピードで走る人も多かったため、トレイル自体も自然とポンプトラック的にリズムよく走れるラインが増えていった、という話もありました。その背景もあって、* Karate Monkey* Sorceress* Lowside* Krampusなどに、シングルスピード対応のドロップアウトが用意されているのは、ミネアポリスのローカルライダーの文化を反映している部分があるそうです。もちろんミネアポリスだけのためではなく、他の地域でも自由に遊べるように作られているけど、ブランドの地元の乗り方が設計にちゃんと入っているのが面白かったです。
今回の話を聞いて、Surlyのシングルスピード対応って単なる仕様ではなく、ミネアポリスの気候・街・ローカルライダーの文化がかなり根っこにあるんだなと感じました。キャスパー(グローバルチーム)

Minneapolisとシングルスピード文化について
Minneapolisの冬は雪や氷がかなり厳しく、ギア付きの自転車だとドライブトレインが傷みやすい。そのため、移動手段として自転車に乗り続ける人にとって、壊れにくくシンプルなシングルスピードはかなり理にかなった選択だったそうです。夏用の自転車と冬ではほぼマストでシングルにすると。
「なぜそこまで寒い中でも自転車に乗るのか?」という話もSURLYクルーとしましたが、明確な一つの答えがあるわけではなく、皆それぞれの考えがありました。
* Minneapolisはかなりフラットな街で、自転車移動がしやすい
* Scandinavianの文化的背景もあり、外で過ごすことや身体を動かすことが生活に根付いている
* 「寒いけど、それでも外に出る・自転車に乗る」という感覚自体が普通になっているという話が印象的でした。キャスパー(グローバルチーム)

シングルスピードの文化が根強いのは、冬のミネアポリスは雪がすごく、それで自転車に乗るとギアが壊れてしまう。「冬=シングルじゃないとダメ」って価値観が共通認識らしい。だから1×1、krampus、karate、sorceress、旧ストラグラーがシングル・ギア付きどちらもできる仕様になっている。組み方のレパートリーの為じゃなくて、そうじゃないといけないからと理由に超納得したし感激しました。(あと冬でも外で遊ぶ民族だからファットバイクも生まれた。)サンタ・フェ(上馬店メカニック)

早朝よりSURLYクルーが遊んでいるというローカルトレイルにクルーとお邪魔してNEW BIKEのsorceressをリアル試乗会。
標高30mもない低山で、高級そうなゴルフコース横にひっそりとある入り口を入ったらそこは、もう天国かダンジョンでした。ゴルフコースを中心に両サイドにアップダウンが程よく配置され続けているおそらく全長15km弱の素晴らしいコース。入った瞬間からタイトコーナー連続しているけど緩い登り坂からスタート、一個のダウンヒルも5コーナーぐらいで降り切れて、その中に整備の行き届いたジャンプセクションやパンプが…、が延々と続くであろうコースでした。稲城のゴルフコースの周りに作ったろかな。かねやん(幡ヶ谷店メカニック)

SURLYマットさんが絶対に連れてきたかったという「ファーストアベニュー」。伝説的なライブハウスです。マットさんからサブちゃんへ檄。ここはまじで大切だから撮ってくれ。画角は任せたぞ。と何度も取り直し。撮り直しながら、途中途中でマットさんのスチームローラーへの熱い気持ちを伝えてくれていたのが心に残っていて、ずっと心が通っていたけどここで本当にマットさんのことが好きになった。
「ここは多くのロックバンドやパンクスがライブをした場所であり、SURLYひいてはスチームローラーの精神性を語るためにはとても重要な場所なんだ。」
「俺達SURLYはパンクから生まれたと言ってもいい。MTBカルチャーに抗った形が1×1だったし、ロードバイクカルチャーに抗った形がスチームローラーなんだ。」「わかるだろ?」と言われた瞬間にSURLYを好きになった過去から、聞いたその瞬間までの点と点の数々が繋がり始めた。かねやん(幡ヶ谷店メカニック)

Surlyのジャスティンさん。一番この人がぶっ飛んでたと思います。surlyのプロトタイプのフレームビルダー。時間ができたら余った端材で創作ビルディングしてるそうです。Ogreフレームに超長いトップチューブ(どっかのゲートパクって来たの?ってくらいに長い)を溶接したスーパーロングトップチューブバイク。しかもEバイク。元々4輪でトレーラーバイクにしてたそうだけどクラッシュしてトレーラー部分が壊れてただのロングトップチューブバイクになっちゃったそう。allcityのフォークにecrのエンドくっつけて変なバイクも作ってた。めちゃくちゃ明るくてゲラ笑。自分が作ったバイク他の人が乗ってるの見て爆笑してました。サンタ・フェ(上馬店メカニック)

SURLYクルーのIan君私物のMOONLANDERの使い込みっぷりがやばかった。このバイクでバカバカ飛びまくるの本当にやばい。OG PAULさん達と冬の間は1週間キャンプに行ったりするそうで、その時にも使うバイクなのだとか。凍った川や雪の中を走るためにはそりゃこのバイクになるわと納得。PAULさんがヤングジェネレーションと遊ぶフレキシブルな人物だというところにも感銘を受けました。かねやん(幡ヶ谷店メカニック)

Trash BagsのAndyさんから「火曜日ならぜひ行った方がいい」と教えてもらった、ローカルのメッセンジャーたちが集まる「Sabo Bridge Night」に参加しました。観光客向けでも大きなイベントでもなく、本当に地元のメッセンジャー周りの人たちが毎週自然に集まっている場所でした。
Sabo Bridgeができてから約20年、この場所が自然と集まるスポットになっていったそうで、SurlyのIanさんも10年ほど通っているそうです。
ブランドやショップという枠を超えて、Minneapolisの人たちが人と人との繋がりで自転車のカルチャーを作っていることを体感できた夜でした。キャスパー(グローバルチーム)

The origins of SurlySURLYの成り立ち

1998年、 QBPというアメリカの大きな自転車卸売業者に勤めていたプロダクトデザイナーWakeman Massieが、”RAT RIDE”というフレームをデザインしたことが事の始まり。

当時Wakemanとその同僚や仲間たちはシングルスピードバイクで遊ぶことに夢中だった。DIYで古いMTBのリアエンドを切ってトラックエンドを溶接したりして改造していたらしい。やがて彼の周りには手頃に手に入るシングルスピードフレームを欲しがる声が増えていった。

Wakemanは当時の上司に、彼がデザインしたシングルスピードのフレームを製品化してくれるよう説得した。しかし彼の上司は首を縦には振らなかった。上司からしたらそれは売れないバイクだったのだ。

そこでWakemanは「このフレームを世に出せたら、ファーストロットを全て売り切る」という条件で賭けを申し出た。 そうしてRAT RIDEは「1 x 1」という名前でリリースされることとなった。 (ファーストロットは無事に売り切れた。) そして1x1は徐々に売れるようになっていき、SURLYというブランドがスタートする。

ちなみに右上の写真がSURLYの初期メンバー。左からHurl Everstone(当時から今もCars-R-Coffinsというzine・運動をやっている方)、Wakeman Massie(今はHouse of looptailというブランドをやっている)、Dave Gray(元祖ファットバイクpugsleyを作った人)。なぜ女装しているかは謎。

INTERVIEW
with Wakeman Massie

2025年のMADE会場でのインタビュー。
SURLYの創世記について、そして現在の彼のプロジェクトであるHouse of looptailについて語ってくれました。